2024年が終わります。
この1年は、叔母の孤独死から始まりました。
今、2024年を振り返っても、叔母の死の悲しさで胸がいっぱいになります。
叔母の孤独死に直面して、私は強く誓いました。
「大切な人を大切にすることは、今すべきことだ。先延ばしにしてはいけない」と。
2024年1月 叔母の孤独死
叔母と約半年ぶりに会う
叔母は享年56歳。
ずっと独身で、2023年5月に祖母が亡くなった後から、生まれて初めての独り暮らしをしていました。
私は叔母と近所に住んでおり、いつでも会いに行けます。
しかし、休職中という後ろめたさがあり、なかなか会いに行く気分になれず、約半年間、連絡しませんでした。
ついに私が会いに行ったのは、今年の1月中旬です。
叔母に約半年ぶりに会うと、背中が曲がり、目がくぼんで腫れぼったくなって、髪の毛にもフケが目立っていました。
明らかに以前と様子が違いました。
しかし、2週間後に亡くなるとは思いもよらない私は、叔母の様子に違和感を感じながらも大きな問題と考えませんでした。
叔母の家で2人でコタツに入り、私から、子育てのことや会社を休職していること、両親と喧嘩中で長期間会っていないこと、家の断捨離を頑張っていることなどの話をしました。
叔母は、昔と変わらない態度で、私の話を「うんうん」と、うなずいて聞いてくれました。
それだけで、私の心が軽くなったことを今でも鮮明に覚えています。
叔母との会話の中で、次のようなやりとりがありました。
| 私 | 「最近体調はどう?」 |
| 叔母 | 「足が痛くて動けない。1日中コタツで座っていて、夜もそのままコタツで寝ている。おばあちゃんが亡くなってから、私におばあちゃんが乗り移ってきたように身体がしんどい。」 |
| 私 | 「食べ物は買いに行ってるの?」 |
| 叔母 | 「足が痛くてあまり行ってない。家に残っている白米を、漬物をおかずにして食べている。」 |
| 私 | 「代わりに買い物に行こうか?」 |
| 叔母 | 「冷蔵庫に食べ物がまだ沢山入っているから大丈夫。」 |
| 私 | 「また買い物に行く必要があるなら、代わりに行くから言ってね。」 |
| 叔母 | 「ありがとう。」 |
| 私 | 「ご飯作るのも体力使うもんね。最近、俺は自炊できるようになったよ。」 |
| 叔母 | 「それだったら、今度ご飯を作りに来てよ。」 |
| 私 | 「うん。わかった。また今度ね。」 |
| 私 | 「じゃあそろそろ子どもが学校から帰宅するから、帰るわね。」 |
| 叔母 | 「もう帰るんやね…(今まで見たことがないほど、寂しそうな目だった)」 |
| <翌日 電話にて> | |
| 叔母 | 「昨日、『家の断捨離を頑張っている』って聞いたけど、私の本も売ってくれるかな?」 |
| 私 | 「わかった。また取りに行くね。」 |
| 叔母 | 「昔、梅酒を作ってるって言ってたよね。その梅酒って残ってるかな?」 |
| 私 | 「全部飲んでしまって、もう残ってないよ。」 |
会った2週間後に叔母が亡くなった
叔母と会って約2週間後、母親から「叔母が亡くなった」と電話があり、絶望しました。
両親とともに警察署に行き、叔母の顔を見ると、2週間前と様子が変わり、顔や身体から肉がなくなっていました。
死因は、高度の栄養失調とのことで、実際、遺骨を見ると骨の中がスカスカでした。
私は本当に悔しくて、悲しくて……。
「いくらなんでも若すぎる。早すぎる……。寂しかったんだろうな。でも、死んだらダメだよ……。」
誰にも看取られず、ガリガリに痩せしまって亡くなるなんて、あまりにも悲しすぎました。
叔母が亡くなった後、冷蔵庫の中を見ると、確かに食べ物は沢山入っていましたが、賞味期限が半年以上過ぎているものばかりで、食べられないものがほとんどでした。
また、炊飯器には長く放置されて変色した白米が入っていました。
私は猛烈に後悔しました。
「なぜ2週間前に会った時、食べ物を買いに行ってあげなかったんだろう。」
「なぜすぐにご飯を作りに行かなかったんだろう。」
「もっとしてあげられることがあったはず。」
「叔母のSOSを受け取ることができたはず。」
「私が『そろそろ帰る』と言った時、本当に寂しかったんだろうな、もっと一緒にいてあげればよかった……。」
「梅酒って残ってるかな?」という言葉は、私が久しぶりに来て、少し生きる気力が湧いて、お酒を飲みたくなったのかもしれません。
だからこそ、私の少しの行動の違いで、結果がまったく変わっていたかもしれません。
梅酒は、天国で飲めるようにと棺桶に入れました。
私に「売ってくれるかな?」と言っていた本は、綺麗にまとめられていました。
足が痛いのに気力を振り絞って本をまとめて、私が取りに来ることを心待ちにしていたのかもしれません。
私がすぐに取りに行けば、助けられたかもしれないと悔やんでも悔やみきれません。
その後悔と「叔母宅をこのままゴミ屋敷のように置いておきたくない」という思いで、祖母と叔母が大切にしていた遺品は、約2か月間かけて全力で整理しました。
叔母は、私や母親などの親族に対しては心配をかけたくなかったのか、本音をあまり話しませんでした。
母親から「病院に行こう」などと勧めても、拒絶していたとのことです。
しかし、叔母の様子を気にかけてくれていた叔母の友人によると、叔母は「寂しい。元気が出ない。元気になりたい。」とよく言っていたそうです。
叔母はどうしようもなく寂しくても、懸命に生きようとしていたのでしょう。
私がその思いにもっと応えることができていればと、心から悔やんでいます。
葬式では叔母に、
「おばあちゃんがいなくなって寂しかったね。独りで十分に頑張って生きたよ。本当にありがとうね。天国で、おばあちゃんとゆっくりコタツに入って、仲良くテレビを見て過ごしてね。」
と伝えました。
もしかしたら叔母にとっては、天国で祖母と仲良く一緒に過ごすことができて、寂しかった期間が短くて、よかったかもしれません。
そのように少しでも前向きに考えることが、叔母のためなるのかなとも思います。
叔母の孤独死に直面して、強く感じたこと
大切な人を大切にすることは、今すべきことだ
叔母の孤独死に直面して、強く感じたことがあります。
当たり前かもしれませんが、死んでしまったら人生何も残りません。
お金や財産を残していたって意味がありません。
1日1日を大切に過ごさないといけないし、大切な人を大切にする行動をしないといけない。
愛する人に愛していると伝えて、感謝して、優しくしなければいけない。
先延ばしにしていると、私のように心から後悔します。
大切な人を大切にすることは、今すべきことです。
「セルフネグレクト」の疑いが少しでもあれば、スルーせずにヘルプを
ネットで「高齢者 孤独死」と検索(叔母は高齢者としては若すぎますが)すると、「セルフネグレクト」というキーワードが出てきます。
「セルフネグレクト」とは
「自己放任」ともいわれるセルフ・ネグレクト。
自宅で暮らしている高齢者などが、食事や着替え、病気の治療など、本来であれば生活の中で行なうべき行為をしない、あるいはできないために、心身の安全や健康が脅かされる状態を指します。
2010年に内閣府が行なった調査では、高齢者のセルフ・ネグレクト件数はおよそ1万1000件とされています。セルフ・ネグレクトの特徴として、次のようなものが挙げられます。
社会福祉法人 恩賜財団済生会
▪家の前や室内にごみが散乱した状態で暮らしている
▪極端に汚れている衣類を着用したり、失禁しても放置したりしている
▪窓や壁などに穴が開いていたり、傾いていたりする家に住み続けている
▪生活に必要な最低限の公的制度、介護、福祉サービスの利用を拒否する
▪治療が必要な病気やけががあっても、受診・治療を拒否する
叔母の状態は、まさに「セルフネグレクト」が当てはまります。
【叔母の状態】
- 室内にごみが散乱している。大量の埃が溜まっている。
- 衣類を着替えている様子がない。着用しているマスクが黄ばんでいる。
- 長期間入浴している様子がない。
- 食事を積極的に摂取していない。無頓着。
- 病院の受診を拒否する。
もし「セルフネグレクト」の疑いがある方が、親族や身の周りにいたら、私のようにスルーしてしまわずに、ヘルプしてほしいです。
ヘルプを拒まれる可能性もあるでしょう。
しかし、もしそれで亡くなったり、発見されていない病気が悪化したりしたら、取り返しがつきません。
絶対に後悔しますので、何とかヘルプしてほしいです。
世の中から、孤独死・孤立死という悲しみが少しでもなくなるよう、心から願っています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
コメント